勝谷誠彦さん57歳で28日未明に逝く!死因や過去の活動をおさらい

テレビ番組では、ご意見番としてコメンテータやコラムニスト、写真家として活躍しました。

11月28日未明にお亡くなりになりました。

勝谷誠彦さんのプロフィール

1985年に早稲田大学卒業後に広告代理店の電通に入社するも数ヶ月で退社し、在学中にフリーのライター経験を活かすため文藝春秋に入社します。

写真週刊誌「エンマ」の記者となり、カンボジア内戦、湾岸戦争などの地域の取材も経験します。

週刊文春時代の「女子高生コンクリート詰め殺人事件」で一躍有名に

1989年に起きた凄惨な女子高生殺害事件は、当時も今も珍しく少年法で加害者らの実名報道がためらわれたが、躊躇なく加害者の実名を報道した。

実名報道は編集長の許可のもと行われたが、このときの勝谷の持論が注目されており「獣に人権は無い」でした。

大衆の意見を代弁してくれたかのように、一躍時の人になり、フリーランスとして講演、執筆、メディア出演が多くなりました。

テレビ番組での活躍

勝谷さんはコラムニストとして各局でも引っ張りだこでした。

しかし、唯一クビになった番組がありました。「たかじんのそこまで言って委員会」です。

売れっ子のコラムニストが何故でしょうか。

勝谷さんは有料のメルマガを発行しており、テレビ番組や読売テレビの批判を遠回しにしていました。

クビの理由は確かではないですが、「ビートたけしのTVタックル」「そこまで言って委員会?だめでしょう。」などを批判したことが原因だといわれています。

死因は?

勝谷さんは毎朝メール配信する有料配信コラム「勝谷誠彦の××な日々。」で「前屈みだと、右脇腹に激痛が走る」と綴っておりアルコール性の劇症肝炎と診断され緊急入院した。

その後、生まれ故郷の尼崎にて息を引き取った。

今回の勝谷さんの死を悲しんだ人たちに目を向けてみましょう。

有名人らのコメント

夏目三久さん

日本テレビ時代の約10年前に番組の入れ替わりでお会いしたことのある程度だったみたいです。

「あんなに元気だった勝谷さんが···と思うと本当に信じられないし、残念でなりません。勝谷さん、どうぞ本当にゆっくりとお休みください」とコメントしています。

感想

辛口コメンテータとしてキレッキレのコメントでお茶の間を沸かせた勝谷さんですが、本当に若くしてお亡くなりになってしまいました。

筆者もアルコールの飲み過ぎで痛風気味なので健康には気を付けないといけませんね。

勝谷さん、今までありがとうございました。

ご冥福をお祈り申し上げます。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする